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大阪地方裁判所 平成4年(行ウ)36号 判決 1993年5月26日

大阪府守口市大枝西町五二番地

原告

飯田榮

右訴訟代理人弁護士

井原紀昭

大阪府旭区大宮一丁目一番二五号

被告

旭税務署長 門田純一

右指定代理人

田中素子

竹田優

小西嘉次

角佳樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成二年九月六日付でした昭和六二年一〇月二二日開始の被相続人を飯田喬弘とする相続にかかる相続税についての過少申告加算税の賦課決定のうち税額七五万円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件相続税の課税の経緯(争いのない事実)

1  飯田喬弘以下「喬弘」という。)は、昭和六二年一〇月二二日に死亡し、喬弘の相続人は、その子である田尾京子、飯田弘一(以下「弘一」という。)及び原告の三名であった(以下この相続を「本件相続」という。)。

2  原告は、本件相続にかかる相続税(以下「本件相続税」という。)の法定申告期限(昭和六三年四月二二日)内である昭和六三年四月一五日、別表1の「当初申告」欄記載のとおりの内容の本件相続税の申告書を被告に提出した(以下「本件申告」という。)。

原告は、本件申告において、別紙株式目録一記載の株式(以下「本件株式」という。)については、喬弘の遺産として申告せず、本件相続税の税額の計算の基礎としなかった。

3  被告は、平成二年九月六日付で、別表2のとおり遺産としての申告漏れ財産(この中には本件株式も含む)や財産の評価誤りがあるとして、別表1の「更正処分等」欄記載のとおり、本件相続税について更正をし、(以下「本件更正処分」という。)、過少申告加算税の賦課決定(以下「本件過少申告加算税賦課決定処分」という。)を行った。

4  原告は、平成二年一〇月二三日、別表1の「修正申告」欄記載のとおりの内容の本件相続税の修正申告書を被告に提出した。

5  原告は、平成二年一一月一日、被告のなした本件更正処分と本件過少申告加算税賦課決定処分のいずれにも不服があるとして、大阪国税局長に対して、異議申立てをしたが、平成三年一月二九日に本件更正処分についてのみ異議申立てを取り下げた。

大阪国税局長は、原告に対し、平成三年三月四日付で原告の異議申立てを棄却する旨の異議決定をした。

原告は、異議決定を経た後の処分になお不服があるとして、平成三年三月二六日に審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成四年四月七日付で棄却の裁決をした。

6  原告は、裁決を経た後の処分になお不服があるとして本訴を提起し、本件株式を遺産として申告しなかったことについて国税通則法六五条四項の「正当な理由」があると主張して、本件株式が過少申告加算税の計算の基礎となる税額の計算の基礎とならなかったときの過少申告加算税七五万円を超える限度で本件過少申告加算税賦課決定処分の取消を求めている。

二  争点

本件申告において、原告が本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎しなかったことについて、国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるかどうか。

1  争点についての原告の主張

(一) 原告は、本件株式については、本件相続開始当時から、これが喬弘の遺産である旨主張していたが、弘一がこれは自己の所有財産である旨強く主張したため、昭和六三年三月大阪家庭裁判所に遺産分割調停を申立てるなどして話合ったが、同年四月二二日の本件相続税の法定申告期限までに、相続人間の遺産分割協議は成立しなかった。

そこで、原告は、同年九月、弘一を被告として大阪地方裁判所に本件株式が喬弘の遺産であることの確認を求める訴訟(同裁判所昭和六三年(ワ)第八八八九号を提起し、平成三年一〇月二八日には、同裁判所から本件株式が喬弘の遺産であることを確認する旨の判決を得たが、弘一が控訴ししため、事件は現在大阪高等裁判所に係属している(同裁判所平成三年(ネ)第二六〇六号)。

従って、本件申告時においては、本件株式が喬弘の遺産であるか否かは法律上未確定の状態であつたのであり、しかも、本件株式は、その名義が弘一であり、本件株式購入のための銀行借入の大半も弘一名義でなされていたので、原告としても、本件申告当時、本件株式は喬弘の遺産であると主張していたものの、後日前記訴訟の判決が確定するまでは、本件株式が喬弘の遺産であるとの確定的判断をすることは不可能であった。

このように、ある財産が遺産であるか否かについて裁判所において相続人間で争っており、これが法律上未確定の場合、右事情は災害などの納税者の責に帰せられない外的事情と同視しうるのであり、また、この場合、納税者としては、当該財産が遺産である旨の判決が確定するまでは、当該財産を遺産として申告する必要がないと考えるのが通常であるから、本件においても、税法上原告に本件株式についての申告義務を課すべきでない。

なお、本件申告当時、本件株式が喬弘の遺産であるか否かが法律上未確定であったことは、事実認定上の問題であって法律解釈の問題ではないから、原告が本件申告において本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎としていなかったのは、原告の法の不知や法令解釈の誤解に基づくものではない。

(二) また、原告が、本件申告において本件株式を喬弘の遺産として申告せず、本件相続税の税額の計算の基礎としていなかったのは、右申告書の作成、提出手続の代行を依頼した大谷整一税理士の強いアドバイスによるものであるし、本件申告において、その申告書の相続税がかかる財産の明細書の中に「その他被相続人所有に属する財産(遺産)が下記のとおり存在するが、現在、その名義人飯田弘一と所有権に関し係争中のため、勝訴判決確定時に修正申告をします。」と付記をし、本件株式の存在を記載しているのである。右事実は、原告には本件株式に対する相続税の支払いを免れようとする意思がなかったことの現れであるから、このような原告に過少申告加算税を賦課するのは、過少申告加算税制度の趣旨、目的を逸脱している。

(三) さらに、被告や大阪国税局の担当職員らは、本件申告時から本件過少申告加算税賦課決定処分がなされるまでの間に原告、大谷税理士及び原告代理人井原紀昭弁護士と本件相続税の調査、納税のために十数回以上も会って打合せをしているにもかかわらず、原告が本件申告において本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎としなかったことが過少申告加算税賦課の対象になることなどを指摘しなかった。

2  被告の認否・反論

(一) 実体法上は、相続開始と同時に相続財産は相続人に帰属するのであって、本件株式が相続財産であるか否かは、右相続人間の訴訟の判決が確定したときに定まるものではない。

故に、本件株式は相続開始と同時に原告ら相続人に移転したことになり、相続開始と同時に、原告ら相続人に申告義務、納税義務が課せられるのであるから、本件申告当時、本件株式が喬弘の遺産か否か相続人間で係争中であったという事情は、災害などの外的事情と同視しえないし、又、この場合、納税者としては本件株式が喬弘の遺産である旨の判決が確定するまでは本件株式を遺産として申告する必要がないと考えるのが通常であるともいえない。

本件のような場合、本件株式を遺産に含めて申告をした後に判決において本件株式が喬弘の遺産でないことが確定した場合(判決と同一の効力を有する和解が成立した場合も含む。)には、国税通則法二三条二項一号により、更正の請求ができ、納税者の利益を害することはない。

要するに、本件は、原告が、本件株式が喬弘の遺産であると認識し、ただ、それが喬弘の遺産か否かについて相続人間で係争中であるから申告しなくてよいと判断したにすぎないから、まさに、納税者の税法の不知、若しくは、誤解に基づく場合といえ、「正当な理由」があるとはいえない。

(二) また、税理士の強いアドバイスによって本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎としなかったということについては、どのような事情で本件申告に至ったかにかかわらず、客観的に相続財産であるものを申告しなかったという事実のみで過少申告加算税を課するのが過少申告加算税の趣旨であるから、右のような事情は「正当な理由」の有無に影響を与えないし、、申告書に係争中の財産の存在を付記したという点については、右付記の事実が「正当な理由」の有無に影響を与えることはない。

(三) 被告や大阪国税局の担当職員が原告らに会っているにもかかわらず、過少申告加算税の対象になることなどを指摘しなかった点については、確かに、被告は原告に対し、右のような付記をすることによって過少申告加算税が免れられることはない旨の指導をしたことはないが、被告に右のような指導を行う義務はないから、これを行わなかったことが、「正当な理由」の有無に影響を与えることはない。

第三判断

一  本件株式についての相続人間での紛争

証拠(甲一ないし四、乙一の一ないし八及び証人飯田富美子)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件相続開始直後から、相続人である原告、弘一、田尾京子の三名は、喬弘の遺産分割については、それぞれ弁護士(原告の代理人は井原紀昭弁護士)に委任したうえ、右各弁護士を通じて十数回にわたって話し合いをしたが、本件株式を含む別紙株式目録二記載の株式が、喬弘の遺産なのか、弘一の固有財産なのかが争いになり、遺産分割協議は成立しなかった。

2  そこで、原告は、昭和六十三年三月、大阪家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てたが(以下「本件遺産分割調停」ともいう。)、弘一は、同調停において、別紙株式目録二記載の株式のうち同人名義の株式については、自分が銀行から借入をするなどして取得し、河島涼子名義の京阪電気鉄道株式会社の株式三万四七六九株、向後春吉名義の飯野海運株式会社の株式一八七五株については、それぞれ各名義人から譲り受けたと主張していた。

他方、原告は、原告の妻である飯田富美子が、喬弘の生前中、同人の経営する飯田工業株式会社の事務員兼家事手伝いとして手伝っていた関係で、喬弘の財産関係について把握しており、本件株式は喬弘が自ら銀行借入をするなどして取得したものであることを知っていたうえ、喬弘が生前本件株式の株券を保管し、かつ、その配当金も取得していた事実もあったことなどから、本件株式が喬弘の遺産であると認識し、その旨主張していた。

3  本件遺産分割調停は、結局、本件株式が喬弘の遺産であるか否かについて話合いがつかなかったため、不成立に終わった。

そのため、原告は、昭和六三年九月、弘一と田尾京子を被告として大阪地方裁判所に本件株式を含む別紙株式目録二記載の株式が喬弘の遺産であることの確認を求める訴え(同裁判所昭和六三年(ワ)第八八八九号)を提起した(なお、右事件には、田尾京子が弘一を被告として提起した同様の確認を求める裁判所同年(ワ)第一〇六五九号事件が併合されている。以下「本件遺産確認請求事件」という。)。

本件遺産確認請求事件においても、弘一及び原告は本件遺産分割調停と基本的には同様の主張をして争った。

4  本件遺産確認請求事件について、平成三年一〇月二八日、同裁判所により本件株式はすべて喬弘の遺産であることを確認する判決がなされたが、弘一が控訴したため、事件は現在大阪高等裁判所に係属中である。

二  本件申告及び本件過少申告加算税賦課決定処分までの経緯証拠(乙一の一ないし八及び証人飯田富美子)によれば、以下の事実が認められる。

1  前記一に認定したとおりの状況下において、昭和六三年四月二二日の本件相続税の法定申告期限が追っててきたので、原告は大谷整一税理士に、本件相続税の申告書の作成及び右申告書の税務署への提出手続の代行を依頼した。

2  本件相続税の申告書の作成に当たっては、本件株式の取扱が問題になった。

原告は、当初大谷税理士に対し、本件株式を含めて本件相続税の申告書を作成するように申し出ていたが、大谷税理士が原告の代理人であった井原弁護士とも協議のうえ、本件株式については、本件株式の名義人である弘一が自己の固有財産であると主張しその帰属をめぐって裁判所で係争中であるから、本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎とはしないで本件相続税の申告書を作成、提起し、後に遺産確認請求事件の判決などにより本件株式が喬弘の遺産であることが確定した時に、修正申告をすればよいとアドバイスしたため、原告もそれを承諾した。

3  その結果、大谷税理士は、本件申告において、本件株式については喬弘の遺産から除外して申告書を作成したが、申告書の相続税がかかる財産の明細書の中に「その他被相続人所有に属する財産(遺産)が下記のとおり存在するが、現在、その名義人飯田弘一と所有権に関し係争中のため、勝訴判決確定時に修正申告します。」などと付記して本件株式の存在を記載して、右申告書を提出した(なお、本件遺産分割調停及び本件遺産確認請求事件において弘一との間で喬弘の遺産か否かが争われていた別紙株式目録二記載の株式のうち、本件株式を除く株式については、遺産として申告されている。)。

4  原告が本件申告をなした後本件過少申告加算税賦課決定処分に至るまでの間に、原告、大谷税理士及び井原弁護士と被告及び大阪国税局との間で、本件相続税の調査や納税のために何回か打合せなどをしていたが、被告らからは、原告が本件申告において本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎としなかったことが過少申告加算税の賦課の対象となる可能性があるから、本件株式を本件相続税の税額の計算の基礎に含めて修正申告をする必要があるといった指摘は一切されなかった。

三  前記第二の一及び前記一、二で認定した事実に基づいて、本件申告(過少申告)に国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるかどうかを検討する。

1  国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるとは、申告した税額に不足が生じたことについて、通常の状態において納税者が知りえなかった場合や、それが納税者の責に帰せられない外的事情(例えば災害など)に起因する場合など、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を課すことが不当、若しくは、酷になる場合を意味するのであり、単に、過少申告が納税者の税法の不知、又は誤解に基づく場合には、これに該当しないものと解するのが相当である。

2  そこで、原告の主張について検討するに、原告の主張は、以下に述べるとおり、いずれも理由がない。

(一) 原告の主張(一)について

原告は、本件申告当時、本件株式が喬弘の遺産であるという認識を有し、それを裏付けるものとして前記一の2に認定したような事情があったのであるから、右認識は十全な根拠を持つものであったのである。従って、単に、本件申告当時、弘一が本件株式が自己の固有財産であると主張し、その帰属をめぐって家事調停で争われていたからといって、原告が本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の計算の基礎としなかったことにつき「正当な理由」があるとはいえない。本件株式を喬弘の遺産として申告して、万一後にそれが遺産でないことが判決で確定した場合(判決と同一の効力を有する和解が成立した場合も含む。)は、国税通則法二三条二項一号により更正の請求ができるのであるから、このように解したとしても何ら原告に酷になるとはいえない。

(二) 原告の主張(二)について

そもそも、申告において税理士は納税者本人の代理人であり、申告はあくまで納税者本人の責任で行うのであるから、過少申告が税理士らのアドバイスによったからといって、納税者本人がそのことを理由に右過少申告についての責任を免れうるものではない。

また、相続人である納税者は、期限内申告をなすに当たっては、その判断と責任において、自ら認識するところに従い遺産及び相続税額の申告をなす義務を負うのである。故に、遺産と認識する財産を遺産として申告しないのは右義務に反する過少申告であり、たとえ本件のような付記を行ったからといって、そのような過少申告が正当化されるものではない。

(三) 原告の主張(三)について

そもそも、税務署職員としては、本件のような付記書つきの申告書の提出を受け付けてても、それのみから本件株式を喬弘の遺産として申告すべきか否かの的確な判断を直ちに行うことは必ずしも容易ではなく、その判断はやはり納税者本人においてなされるべきであるから、税務署側から申告時に本件株式を喬弘の遺産として申告するように指導がなされなかったからといって、過少申告が正当化されるものではない。

3  よって、本件申告において、原告が本件株式を喬弘の遺産として申告せず本件相続税の税額の計算の基礎としなかったことについては、国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるとはいえない。

四  結論

以上によると、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 山垣清正 裁判官 明石万起子)

別表1 課税の経過及びその内容

<省略>

別表2 原告の申告漏れ及び評価誤り財産の区分明細

<省略>

別紙

株式目録一

<省略>

株式目録二

<省略>

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